kzhr's diary

ad ponendum

本が出ます(3)

以下の記事の続きです。
kzhr.hatenadiary.jp

まず、刊行を予告していたものが発刊されました(『年報新人文学』については、執筆時点ではウェブに反映されていませんが、いずれここから見られるはずです)。
bensei.jp
human.hgu.jp

今回は、フォントについてすこし。

近代平仮名体系の成立 岡田 一祐(著) - 文学通信 | 版元ドットコムでは、(いわゆる)変体仮名が大量に使用されることになるわけですが、本書で書かれたもっとも古い箇所に当たる2010年ごろの原稿では、とうぜん、変体仮名は流通するPC上で変体仮名として情報交換が可能な状態にはありませんでした。情報交換が可能というのは、アルファベットのAという文字が——一定の枠組み=文字コードのもとに——Aという文字として扱われることが保障されていることですが、変体仮名は、そのような保障がないので、いわゆる外字としてしか存在してこなかったわけです*1。外字はコンピュータ単位のものなので、IMEで変換というのもとうぜんユーザ辞書レベルでしかできません*2

ところが、2015年に日本代表からUnicode(現在流通する文字コードでもっとも普通のもの)に変体仮名の登録が申請され、審議の末に2017年に収録されると、変体仮名がPC上で使える枠組みが誕生するわけです*3。また、それに先んじて、フォントが開発され、IPAmj明朝フォント | 一般社団法人 文字情報技術促進協議会に組み込まれることとなりました。しかし、登録にさいして、変体仮名を符号化するうえでのカバー力は、今後の検討を待つこととされました。そのひとつが、学術情報交換用変体仮名 | 国立国語研究所の全部の収録の見送りです。Unicodeへの変体仮名の登録をめぐっては、学術文献での変体仮名と、戸籍などに代表される行政用の変体仮名を組み合わせて登録がされ、行政用の変体仮名はすべてが収録されましたが、学術文献のものは、区別の必要性を国際的に理解される保証がないなどのことで一字母一字体が原則とされ(高田智和氏、私信)、収録が見送られたとのことです。その当否についてここで云々はしませんが、その結果として、このような変体仮名を真正面に据えて論じる本には文字として足りないものが出てきているのは否定しがたいことです。そのようなものは、画像や外字を用いる必要がまだまだありますし、本書でも最終的には一部がそうなっています*4

さて、本書でもちいた変体仮名フォントは、IPAmj明朝と外字にくわえて、東京築地活版製造所が明治19年ごろから用いている六号明朝から個人的に作成した仮名活字フォントがあります。これは、2005年くらいからちまちまと作り続けているもので、2017年の拙論でも使っています。変体仮名のセットとしては、デザインがもっとも整ったもののひとつです*5。2006年に一度平仮名部分は完成させましたが、クォリティがいまいちだったので、2017年の拙論が出るのにあわせて2016年ごろにいちどリファインし、このたびふたたびリファインメントを施したものを使っています。時間的余裕などの問題で、リファインメントの濃淡が出てしまったのは、悔いもありつつやむを得ないことかなと思います。増刷する日が来れば、また完成させたいものですが。

変体仮名フォントではありませんが、本書ジャケットの題名部分に用いられた「の」「と」も、やはり私製フォントです。こちらは、なんでしょうか、というところで、本日はここまで。

*1:機種依存文字というのとはちょっと違っていて、こちらは、さまざまな要因で枠組みの一貫性に問題があったりしたところから来ているもので、ある機種という枠組みにおいては、問題なく使えるが、ほかの機種では結果が保障されない(文字が変わってしまうかもしれない)という意味です。変体仮名は、TRONとかいうものの一部以外は、機種レベルでも保障がありませんでした。

*2:入力がいまなら問題ないかというと、そんなことはないのですが。

*3:そのあたりのことは、出版物/『漢情研』第17号 - JAETにもうすこしくわしく書いてあります。なお、注2の山田俊雄は、都竹通年雄の誤りです。

*4:正確には、組版上の都合から、現代の平仮名に無理矢理当てはめたフォントとなっており、フォントが切り替わるとその箇所には「字体化け」が発生することになります。電子出版に際しては、画像化の手当が必要です。

*5:もうひとつは、同製造所の明治30年ごろから用いている(と思う)四号活字ですが、こちらは手を付けていません。